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トヨタテクニカルセンター下山——3,000億円を投じた「クルマを鍛える山」の全貌
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トヨタテクニカルセンター下山——3,000億円を投じた「クルマを鍛える山」の全貌

トヨタが約3,000億円を投じた研究開発拠点、トヨタテクニカルセンター下山。2026年も鈴鹿GP直前にTGRハースF1チームが訪問した。ニュルブルクリンクの知見を凝縮したテストコースの全貌と、ハースF1との技術提携の背景を解説する。

F1日本GP開催を目前に控えた2026年3月、TGRハースF1チームが再び愛知県豊田市の山間部を訪れた。Toyota Technical Center Shimoyama、通称TTCS。トヨタが約3,000億円を投じて建設した研究開発拠点だ。

2025年にも小松礼雄チーム代表とエステバン・オコンが鈴鹿GP来日に合わせて下山を訪問している。そのとき小松代表はテストコースでGRヤリスのステアリングを握り、人生初のドリフトを体験した。走行後、「むちゃくちゃいいエネルギーをもらいました」と語っている。2年連続でF1チームが足を運ぶ施設とは、一体どんな場所なのか。

山間部に広がるトヨタテクニカルセンター下山のイメージ

650ヘクタールの開発拠点

TTCSは豊田市と岡崎市にまたがる山間部に位置する。トヨタ本社から車で約30分。敷地面積は650.8ヘクタールで、東京ドーム約139個分に相当する。

施設は3つのエリアで構成されている。2019年4月に中央エリアが稼働し、2021年10月に東エリアが開業、2024年3月25日に西エリアの車両開発棟と来客棟が完成して全面運用が始まった。約3,000人がここで働いている。

注目すべきは土地の使い方だ。敷地全体の約59%にあたる386.5ヘクタールは保全森林として手つかずのまま残されている。新たに造成した緑地も81.8ヘクタールにおよぶ。施設として使われているのは全体の24%、159.2ヘクタールにすぎない。山の地形と自然を活かしながら、その中に開発拠点を埋め込んだ構造だ。

Toyota Technical Center Shimoyama 全体図
出典: トヨタ自動車

ニュルブルクリンクの知見を凝縮したテストコース

TTCSの心臓部はテストコースにある。中でもカントリー路と呼ばれる第3周回路が、この施設の性格を端的に表している。

全長約5.3km、高低差は約75m。ドイツのニュルブルクリンク北コースで長年走り込んできた経験をフィードバックして設計された。成瀬弘氏から受け継いだ「道がクルマをつくる」という思想のもと、テストドライバーたちがコース設計に参画し、ニュルブルクリンクで培った知見を注ぎ込んでいる。豊田章男会長はこのコースについて、ニュルブルクリンクの約4分の1の特性を凝縮したものだと説明する。

カントリー路には、一定速度でクリーンに曲がれるコーナーがない。ブレーキしながらステアリングを切り、そこにバンプが待ち構えている。複合的な入力が同時に発生する状況を意図的に作り出しているのだ。

東エリアには2km直線を含む高速評価路や、世界各地の路面を再現した特性評価路など11のコースが揃う。雨の高速道路、凍結した山道、荒れた舗装路。あらゆる条件を国内で試すことができる。

山間部のテストコースを走るGRヤリスのイメージ

「走って、壊して、直す」ための建物

2024年に完成した車両開発棟は、レクサスカンパニーとGRカンパニーの約2,000人が入居する開発拠点だ。

この建物の設計思想は、ニュルブルクリンクのピットに近い。企画、デザイン、開発、設計、試作、評価。本来は別々の部署に散らばるメンバーが、テストコースを取り囲むように配置されている。2階のオフィスから見下ろせばガレージが見える。不具合が出ればエンジニアがすぐに降りてきて車両を囲み、その場で議論が始まる。

豊田章男会長は「走って、壊して、直す。これを繰り返すことがクルマづくりだ」と語っている。TTCSの構造そのものが、このサイクルを限りなく短くするために設計されている。

GRヤリス、GR86、GRカローラといったGRモデルの開発と、レクサスの新型車の最終評価がここで行われている。新型レクサスISもこのテストコースで足回りを鍛え上げたことが報じられている。

トヨタテクニカルセンター下山 車両開発棟 外観
出典: トヨタ自動車

なぜ下山だったのか

TTCSが生まれた背景には、豊田章男氏の強い意志がある。

トヨタにはかつて東富士研究所という開発拠点が静岡県裾野市にあった。しかし既存のテストコースでは、ニュルブルクリンクのような過酷な条件を再現できなかった。ニュルブルクリンク北コースは全長20.8km、高低差約300mの公道レース起源のサーキットで、世界中の自動車メーカーがここで新型車を走り込む。トヨタもドイツへ何度もクルマを送り込んでいたが、日本国内で同様のテストを繰り返す環境がなかった。

2018年、豊田章男社長(当時)は「もっといいクルマづくり」の実現に向けて、本社近くの山間部に新たな研究開発拠点を建設すると発表した。自動車産業が100年に一度と呼ばれる大変革期を迎える中、クルマの走りと安全性能を本社のすぐそばで徹底的に磨ける環境が必要だと判断したのだ。

本社から車で30分。開発のサイクルを回すには、この近さがものを言う。東富士までの移動時間を削り、走り込みの回数を増やす。地味だが、クルマづくりにおいてこの差は大きい。

トヨタとハースF1——提携が示すもの

ハースF1チームが下山を訪れたのは偶然ではない。

2024年10月11日、TOYOTA GAZOO Racingとハースは技術提携を正式に発表した。提携は人材育成のPeople、データ活用のPipeline、車両開発のProductという3つの柱で構成されている。

人材面では、TGRの育成ドライバーがハースのF1マシンでテスト走行に参加している。2025年には平川亮、宮田莉朋、坪井翔、小林可夢偉の4人が、型落ちマシンVF-23でシルバーストンや富士スピードウェイなど欧州と日本のサーキットを14日間走り込んだ。2026年からは正式に「TGRハース・ドライバー開発プログラム」として再編され、F1を目指す日本人ドライバーの育成パイプラインとなっている。

データ活用の面では、F1のレース中にリアルタイムで収集・分析されるデータのハンドリング手法をTGRが学んでいる。車両開発の面では、TGRのエンジニアがハースの空力開発やカーボン部品の設計製造に携わり、F1の知見を市販車の開発に還元する取り組みが進む。

2025年12月には提携がさらに拡大し、TGRがハースのタイトルパートナーに就任。2026年シーズンからチーム名は「TGRハースF1チーム」となった。マシンにはGRのロゴが大きくあしらわれている。

豊田章男会長はこの提携について「トヨタのF1復帰ではない」と明言している。かつてF1から撤退したことで日本人ドライバーの夢を閉ざしてしまった反省を踏まえ、「日本の子どもたちに世界一速いクルマに自分も乗れるかもしれないという夢を届けたい」と語った。

2026年鈴鹿GPと下山

2026年F1日本GPは3月27日から29日にかけて鈴鹿サーキットで開催される。今季のTGRハースF1チームは好調で、オリバー・ベアマンがドライバーランキング5位、チームはコンストラクターズ4位につけている。

鈴鹿GP開催に先立つ3月21日と22日には、豊田市駅周辺で「とよたまちパワーフェスタ2026スプリング」が開催され、ベアマンがゲストとして来場した。トヨタが本社を構える豊田市という街をあげて、モータースポーツとクルマの文化を盛り上げるイベントだ。

3月18日にはTGRハースF1チームと東宝のコラボレーションも発表され、ゴジラをモチーフにした特別リバリーが鈴鹿で初披露される予定だ。F1と日本文化の接点が、この街を起点にして広がっている。

そして2026年も鈴鹿GPを前にチームは再び下山を訪れた。2年連続の訪問は、この提携が形だけのものではないことを物語っている。

F1の技術と市販車の開発が同じ山の中で交差する。TTCSは、トヨタのクルマづくりの現在地を示す場所であると同時に、モータースポーツの未来を育む拠点にもなりつつある。

施設概要

項目内容
正式名称Toyota Technical Center Shimoyama
所在地愛知県豊田市・岡崎市
敷地面積650.8ha
総投資額約3,000億円
勤務者数約3,000人
全面運用開始2024年3月25日
主要入居組織レクサスカンパニー、GRカンパニー
カントリー路全長約5.3km、高低差約75m