NTTはなぜインディカーの冠スポンサーなのか——日本企業と北米レースの繋がり
日米首脳会談で高市総理が言及した「NTT INDYCAR SERIES」。なぜ日本の通信企業がアメリカのレースの冠スポンサーなのか。140以上のセンサーで80億のデータを処理する技術パートナーシップと、ホンダの60年にわたるエンジン供給の歴史を解説する。
2026年3月19日、ワシントンのホワイトハウスで開かれた日米首脳会談後の夕食会。高市早苗総理はスピーチの中で、8月にワシントンで開催されるインディカー・レースに触れた。
「美しいナショナル・モールをシボレーと日本のホンダのエンジンが爆走します。そしてインディカーの冠スポンサーは日本企業のNTTでありまして、まさに日米友好のシンボルです」
日本の総理大臣がアメリカのモータースポーツに言及する。それ自体が異例のことだ。しかしインディカーの世界を知れば、この発言は自然な文脈の中にある。北米最高峰のオープンホイールレース「NTT INDYCAR SERIES」には、日本企業の技術と戦略が深く組み込まれている。
NTTがインディカーに関わるまで
NTTとインディカーの関係は、2013年にさかのぼる。NTT DATAがインディカー・シリーズの名門チーム、チップ・ガナッシ・レーシングのスポンサーとして参入したのが始まりだ。
それから6年後の2019年1月15日、デトロイトの北米国際自動車ショーで転機が訪れる。NTTがシリーズ全体の冠スポンサーに就任し、「NTT IndyCar Series」が正式に誕生した。NTTの澤田純社長は「NTTはINDYCARと連携し、スマートレーシングの未来を加速させる」と発表の場で語っている。
それ以前の冠スポンサーは米通信大手のベライゾンだった。日本のIT企業がアメリカの通信大手からバトンを受け取った形になる。
2023年3月には複数年の延長契約が発表され、NTTの冠スポンサーは2024年以降も継続することが確定した。NTT DATA Inc.のCEO、西畑一宏は契約延長にあたり「15カ国からドライバーが参戦する多様性の高さも、NTT DATAにとって魅力だ」と述べている。
看板だけではない——NTTが提供する技術
NTTのインディカーへの関与は、ロゴを掲出するだけの従来型スポンサーシップとは一線を画す。NTTは「公式テクノロジーパートナー」として、レースのインフラそのものに技術を提供している。
その中核が「NTT Smart Solutions Platform」だ。各マシンに搭載された140以上のセンサーから走行データを収集し、1レースあたり80億を超えるデータポイントをリアルタイムで処理・分析する。AIと予測分析を組み合わせ、ポジション争いの行方、ピットストップが順位に与える影響、燃料戦略、タイヤの摩耗度合い、さらにはレース結果の予測まで導き出す。
これらのデータはFOX放送のテレビ中継にビジュアライゼーションとして提供され、視聴者がレース展開をより深く理解できるようにしている。同時に、NTT DATAが開発した無料の公式アプリ「INDYCAR App」では、リアルタイムのスコアリング、車載カメラ映像、チームとドライバーの無線通信、速度や加速度といったテレメトリーデータをファンが手元で確認できる。200以上の国と地域にユーザーがおり、2023年の延長契約時点では過去3年間でダウンロード数が約50%増加していた。
レース会場にもNTTの技術は浸透している。伝説的なサーキット、インディアナポリス・モーター・スピードウェイにはAI対応の光学検出システムが導入され、来場者の動線や混雑ポイントをリアルタイムで監視する。デジタルチケットやモバイル決済にも対応し、年間最大の単日イベントであるインディ500の運営を支えている。
なぜ日本の通信会社がアメリカのレースを支えるのか
NTTがインディカーに投資する背景には、明確なビジネス戦略がある。
NTTグループは世界トップ5のITサービスプロバイダーであり、80以上の国と地域で事業を展開する。北米はNTT DATAにとって最大級の市場で、テキサス州プレイノに北米法人の本社を置く。NTT DATAのグローバル売上高は約300億ドルに達し、フォーチュン・グローバル100企業の80%以上にサービスを提供している。
しかし、北米市場でのNTTブランドの認知度は、その事業規模に見合っていなかった。法人向けITサービスという性質上、一般消費者の目に触れる機会が少ないからだ。
ここでインディカーが戦略的な接点になる。NTT DATAの2023年プレスリリースは、インディカーが「ブランド認知、クライアントエンゲージメント、そして幅広いB2Bイニシアチブに対する貴重な機会を提供している」と明記する。レースという注目度の高いプラットフォームで自社の技術力を実証し、北米の企業クライアントに訴求する。ロジャー・ペンスキーが率いるペンスキー・コーポレーションとのパートナーシップ自体も、重要なB2B関係として位置づけられている。
看板を出すのではなく、技術を注ぎ込む。そのアプローチ自体が「NTTはこういう会社です」というメッセージになっている。

ホンダ——もう一つの日本の軸
インディカーにおける日本企業の存在感は、NTTだけではない。ホンダは2003年からエンジンサプライヤーとしてシリーズに参戦し、シボレーとともにインディカーを支える2大パワーユニットメーカーの一角を担う。
ホンダとインディの関わりは長い。1964年、本田宗一郎自身がインディアナポリス500マイルレースの会場を訪れた。1994年にインディカー・ワールドシリーズへ初参戦し、翌1995年のニューハンプシャー戦で初勝利。2004年にはバディ・ライスのマシンに搭載されたホンダエンジンがインディ500初制覇を果たし、上位7台すべてがホンダエンジンという記録を打ち立てた。
2017年には佐藤琢磨が日本人として、そしてアジア人として初めてインディ500を制した。2020年には2度目の優勝。ホンダのインディ挑戦は、60年を超える壮大な物語だ。
2026年2月には、ホンダとシボレーがINDYCARとの複数年エンジン供給契約の延長を発表した。2027年は現行の2.2リッターツインターボV6を継続し、2028年からは新たなエンジンパッケージが導入される。
Freedom 250——首都を走るインディカー
高市総理が夕食会で言及した「フリーダム250グランプリ」は、2026年8月22〜23日にワシントンDCのナショナル・モールで開催される市街地レースだ。NTT INDYCAR SERIESとしてナショナル・モールで走るのは史上初のこと。アメリカ建国250周年記念行事の一環として、トランプ大統領が大統領令に署名して開催を決めた。入場は無料で、首都の象徴的な景観の中をインディカーが駆け抜ける。
このレースに、シボレーと並んでホンダのエンジンが搭載され、冠スポンサーとしてNTTの名が冠される。高市総理が「日米友好のシンボル」と表現した理由がここにある。アメリカの建国記念レースに日本企業の技術が不可欠な要素として組み込まれている。それはスポンサーシップの枠を超えた、実質的な技術パートナーシップの証だ。

見えにくいが、深い結びつき
F1やWRCに比べると、インディカーは日本での知名度が高いとは言えない。しかし現場を見れば、レースを動かすエンジンの半数はホンダ製であり、シリーズのデータインフラはNTTが構築し、公式アプリもNTT DATAが開発している。日本企業がこのシリーズの根幹に関わっていることは、もっと知られていい事実だ。
NTTは看板を出す従来型のスポンサーではなく、レースそのものを技術で変える存在としてインディカーに入った。ホンダは60年以上にわたり、エンジンの性能で北米最速のレースに挑み続けている。
クルマとテクノロジーが国境を越えてつながる。インディカーはその交差点に立つフィールドだ。
NTTのルーツは1869年、明治2年に日本で電信が導入された時代にまでさかのぼる。150年以上の歴史を持つ日本の通信企業が、時速370kmを超えるインディカーのデータをリアルタイムで処理している。明治の電信から令和のレースデータまで——通信の本質は変わらない。


