地球の裏側でカローラは戦っていた — 南米モータースポーツの知られざる歴史
アルゼンチンのTC2000でカローラは通算3冠を獲得し、ブラジルのストック・カーにはデビュー初年5連勝で乗り込んだ。パラグアイではエティオスR5がラリーを制した。日本では語られることの少ない、量産車でモータースポーツに挑むトヨタの南米での戦いを追う。
日本の街を走るカローラが、地球の裏側でレーシングカーとして戦っている。
F1でもWRCでもなく、アルゼンチンとブラジルの独自シリーズで。観客は熱狂し、ドライバーたちはコーナーを攻め、量産車のシルエットをまとったマシンがチェッカーフラッグを受ける。トヨタの南米モータースポーツ活動は、長い時間をかけてひとつの栄光の体系を作り上げた。

アルゼンチン・TC2000 — カローラが戦場に選んだ地
アルゼンチンのTC2000(ツーリスモ・コンペティシオン2000)は、1979年に始まった南米を代表するツーリングカー選手権だ。ルノーやフォードが長年王者に君臨してきたこのシリーズに、トヨタが足を踏み入れたのは2000年のこと。「トヨタ・チーム・アルヘンティーナ(TTA)」としての船出だった。
2014年、チームはアルゼンチン市場向けカローラをベースにした競技専用マシン「カローラ STC2000」で参戦を本格化する。このマシンは1700cc台のターボエンジンを積むとされ、最高速度300km/hを超えるパフォーマンスを発揮する。ボディのシルエットは市販カローラそのものだが、中身はモータースポーツ専用の別物だ。

2012年のシリーズ改革でカテゴリは「スーパーTC2000(STC2000)」に刷新された。2016〜2017年には、日本本社の戦略に合わせてチーム名も「TOYOTA GAZOO Racing Argentina(TGRA)」に改称。アルゼンチンのモータースポーツ活動が、グローバルなガズーレーシングの一部として位置づけられた瞬間だった。
マティアス・ロッシという名の「ミサイル」
このシリーズでトヨタの柱となったドライバーが、マティアス・ロッシ(Matías Rossi)だ。「エル・ミシル(El Misil=ミサイル)」の異名を持つ彼は、スーパーTC2000時代(2012年〜)にトヨタで3回のチャンピオンを獲得した。
2013年、ロッシはカローラでシリーズ初制覇を果たす。その後、チームが競争力を維持する中で、再び頂点に立ったのが2020年。新型コロナウイルス感染症の影響で短縮開催となったシーズンを、ロッシはカローラで制した。さらに2025年、シリーズが大きく変わったタイミングでも彼はチャンピオンの座に返り咲く。
TC2000通算6冠。これは伝説的な存在であるフアン・マリア・トラベルソ(Juan María Traverso)の7冠に次ぐ記録だ。ロッシが積み上げたタイトルのうち、スーパーTC2000時代に獲得した3冠(2013年・2020年・2025年)は、すべてトヨタのカローラとともにあった。
ブラジルへ — ストック・カー・プロ・シリーズという新たな戦場
南米のもうひとつの主要ツーリングカーシリーズが、ブラジルの「ストック・カー・プロ・シリーズ」(Stock Car Pro Series)だ。1979年に始まったこのシリーズは、ブラジル国内最高峰のレース選手権として定着している。シボレーが長年にわたって支配してきたこの舞台に、トヨタが乗り込んだのは2020年のことだった。
「トヨタ・ガズーレーシング・ブラジル」が投入したのは、カローラのシルエットをまとったレーシングマシン。搭載するエンジンはシリーズ統一仕様の6.8L V8で、出力は約550PSに達する。市販カローラの2.0Lエンジンとは別物だが、ボディの形状はカローラを正確になぞっている。
デビューシーズンの結果は際立っていた。開幕から5連勝。チームの一員として参戦したリカルド・ゾンタ(Ricardo Zonta)は、最終戦まで年間タイトルを争い、惜しくも手が届かなかった。
参戦初年度のドライバー陣容も話題を集めた。元F1ドライバーのルーベンス・バリチェロ(Rubens Barrichello)とネルソン・ピケ Jr.(Nelson Piquet Jr.)がトヨタ陣営に加わったのだ。バリチェロはブラジル人の英雄でもあり、故国の最高峰シリーズでトヨタのカローラを駆る姿は、地元ファンに強い印象を残した。
2025年、シリーズはさらなる変革を迎える。従来のセダン型から「クロスオーバーSUV式」へのフォーマット変更が行われ、トヨタはカローラ・クロスを投入。2.1Lターボエンジンに6速シーケンシャルトランスミッションを組み合わせたマシンは、約500PSを発揮する。
エティオス R5 — ラリーという選択
アルゼンチンとブラジルで量産セダンがツーリングカーレースを戦う一方、南米大陸のもうひとつのトヨタ活動は、ラリーの世界で展開されていた。
CODASUR南米ラリー選手権(Codasur South American Rally Championship)は、アルゼンチン・ブラジル・ボリビア・ウルグアイ・パラグアイなど南米各国を転戦するFIA公認のラリー選手権だ。このシリーズで中心的な役割を担ったのが、トヨタ・ガズーレーシング・パラグアイが育てたエティオス R5(Etios R5)だった。
エティオスは、日本では馴染みが薄い車種だ。2013年からブラジルのサンパウロ州ソロカバ(Sorocaba)で生産・販売されていた小型セダンで、南米の新興国市場向けに開発されたモデルだ。このエティオスをベースに、フランスのレーシングエンジニアリング会社ORECA(オレカ)とトヨタ・ガズーレーシング・パラグアイが共同で、R5規格のラリー競技車両を開発した。

このマシンを駆ったのが、パラグアイ人ドライバーのアレハンドロ・ガランティ(Alejandro Galanti)だ。10年以上トヨタと歩みをともにしてきた彼は、2019年のCODASUR選手権でシーズン最終戦に優勝。ヒュンダイのディエゴ・ドミンゲス(Diego Domínguez)に1ポイント差でタイトルを持ち帰った。
この年のガランティは、CODASURタイトルに加え、パラグアイ国内タイトルと難関ラリー「トランスチャコ・ラリー(Transchaco Rally)」の優勝も達成した。3冠——南米ラリー界での評価が、静かに、しかし確実に高まった一年だった。
量産車でモータースポーツに挑む、トヨタの思想
カローラ、エティオス。どちらも特別なスポーツカーではない。
市場で普通に売られている量産車のシルエットを纏い、レーシングスペックに仕立て直して戦場に送り込む。それがトヨタの南米モータースポーツ活動の核心だ。
TOYOTA GAZOO Racing Argentinaは2021年、STC2000仕様のカローラでドイツのニュルブルクリンク・サーキットで開催される伝統の耐久レース、ニュルブルクリンク24時間(Nürburgring 24 Hours)への参戦を検討した。計画は実現しなかったが、「量産車をベースにしたレーシングカーでニュルに挑む」という発想は、GAZOO Racing創設以来の哲学と一致している。
日本本社の「もっといいクルマをつくろう」という精神は、南米の独自シリーズにも届いている。カローラのボディをまとったマシンがアルゼンチンのサーキットを駆け抜けるとき、その一台一台に、トヨタという会社の姿勢が宿っている。
2005年・2006年のF1世界チャンピオンであるフェルナンド・アロンソ(Fernando Alonso)は、2019年11月にアルゼンチンでTOYOTA GAZOO Racing ArgentinaのSTC2000仕様カローラをテスト走行したことがある。アロンソとトヨタの接点は同シリーズへの参戦検討から生まれたものだったが、最終的に参戦は実現しなかった。普段はF1やル・マンで鍛えた男が、南米の量産ベースのレーシングカーをどう評価したのかは、記録に残っていない。


