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V37スカイライン、BTCCへの挑戦 — 苦戦と2連覇の6年間
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V37スカイライン、BTCCへの挑戦 — 苦戦と2連覇の6年間

V37スカイラインの海外名、Infiniti Q50が英国ツーリングカー選手権BTCCを舞台に戦った6年間の記録。2015年の苦戦から、Laser Tools Racingとの再起を経て2020・2021年に2連覇を達成するまでの軌跡を追う。

2015年、英国のレースシーンに日産スカイラインの血を引く一台が現れた。Infiniti Q50——日本名V37型スカイライン——として参戦したそのマシンは、初年度に1ポイントしか獲得できず、メーカーサポートは途中撤退という苦境を味わった。しかし6年後、同じ車両をベースに作り上げたマシンが連続チャンピオンをさらっていく。苦戦から頂点へ、FRセダンがたどった逆転劇だ。


BTCCという舞台

British Touring Car Championship——通称BTCC——は、1958年に「British Saloon Car Championship」として創設された英国ツーリングカー選手権だ。1987年に現在の名称へと改称し、今日に至る。市販車ベースのシリーズとしては世界最古クラスに位置づけられる。主催はTOCA(ツーリングカー・アソシエーション)だ。

その技術規定は「NGTC(ネクスト・ジェネレーション・ツーリングカー)」と呼ばれ、2011年から導入されている。全車に共通するオーウェン・デベロップメンツ製ターボとXtrac製6速シーケンシャルギアボックスを搭載し、エンジンは2.0Lターボで約355PS(350bhp)以上を発生する。タイヤはグッドイヤー製18インチの全車共通ワンメイクだ。NGTCの設計思想の根幹は「コスト削減と競争均衡化」にある。メーカー系チームとインディペンデントチームが同じ土俵で戦えるよう整備された。参入障壁が下がり、多彩な車種がグリッドに並ぶようになった。

駆動方式はFWD(前輪駆動)またはRWD(後輪駆動)を選択できるが、最低重量に差が設けられている。FWD車は1,270kg、RWD車は1,300kgがドライバーを含む最低重量だ。BTCCにはブランド認知のための参戦というビジネス的な側面もあるが、レースの過酷さは本物だ。年間10ラウンド・各ラウンド3レースという過密スケジュールが選手とマシンを容赦なく試す。


V37スカイラインとInfiniti Q50

Infiniti Q50は、日産自動車が海外市場向けに展開する高級ブランド「Infiniti」の名でグローバルに販売されたセダンだ。日本国内では「日産スカイライン V37型」の名を持ち、2014年に国内発売が始まった。「V37」とは日産社内の車体型式番号で、1980年代のR30・R31・R32といった歴代型式と同じ命名体系に連なる。

BTCCへの参戦はInfinitiブランドの英国マーケティング施策として企画されたものだが、走ったのは紛れもなくスカイラインの系譜に連なる車両だ。V37の市販版はフロントエンジン・後輪駆動のFRレイアウトを採用しており、BTCCでもRWD仕様としてこのレイアウトを踏襲している。GT-Rとは異なる、あくまでもセダンとしてのスカイライン。その実力が、英国の舞台で問われることになった。


第1期: 2015年の挑戦

2014年10月16日、Infinitiはチーム「インフィニティ・サポート・アワ・パラズ・レーシング(Infiniti Support Our Paras Racing)」を結成し、2015年のBTCC参戦を正式発表した。チームプリンシパルはデレク・パーマー。運営はプロ・モータースポーツが担い、拠点はマラリー・パーク・サーキット内に新設されたHQが置かれた。

このチームは、英国陸軍の精鋭部隊である落下傘連隊の公式支援団体「サポート・アワ・パラズ(Support Our Paras)」と組んだ独特のモデルを持っていた。英国は2001年の同時多発テロを受けてアフガニスタンへの軍事派遣を開始し、落下傘連隊も最前線で戦い続けた。2014年に撤退が完了すると、帰還兵への社会的注目が薄れ、支援団体への寄付が大きく減少した。チームはレースで得た利益をすべてこの支援団体に寄付する非営利組織として運営された。車両整備には帰還後に負傷した元兵士たちがメカニックとして従事した。フルタイム2名、パートタイム5名の元兵士たちが、マラリー・パークのガレージでレースカーを仕上げる光景は、英国のモータースポーツシーンでも異彩を放つものだった。チームの長期ビジョンは、元兵士たちをドライバーとして育成することにまで及んでいた。

2015年BTCCグリッドに並ぶInfiniti Q50 #77(イラスト)

車両はNGTCレギュレーションに沿って製作されたInfiniti Q50のレース仕様だ。市販版のエンジンではなく、NGTC規定の2.0Lターボを搭載し、RWDレイアウトを選択した。2015年のBTCCグリッドでRWDを選択したのは、このQ50とBMW 125i Mスポーツの2台のみだった。FWDが主流のカテゴリでRWDを持ち込んだことは、V37の市販レイアウトへのリスペクトとも受け取れるが、競争上の不利は否定できない。RWD車はFWD車より30kgの重量ハンデを背負い、セットアップの習熟にも時間がかかった。

シーズン結果は厳しかった。37戦中31完走・6リタイアという数字自体は悪くないが、獲得ポイントはわずか1、最高位はスネッタートン戦での15位に留まった。開幕戦ブランズハッチの予選では26台中24番手からのスタートだった。

さらに、シーズン途中には組織的な混乱も生じた。セカンドドライバーのリチャード・ホーケンに代わり、当時51歳の元F1ドライバー、マーティン・ドネリーの参加が発表されたものの、その後SNS上での騒動が発生。Infinitiはわずか第3ラウンド(スラクストン)終了後にサポートを撤退し、TOCAもセカンドカーのライセンスを取り消した。残りのシーズンはデレク・パーマー Jr. の単独体制で走り切った。

2016年の継続参戦も計画されていたが、予算が確保できず断念した。


転換点: なぜQ50はBTCCに戻れたのか

2015年の結果だけを見れば、プロジェクトの失敗と結論づけることもできる。しかし、1ポイント・最高15位という数字がすべてを語るわけではない。

Q50がRWDレイアウトのまま全37戦の大半を完走したという事実は、車両の基礎的な信頼性を示してもいる。BTCCの過密スケジュールで機械的なトラブルなく走り続けることは、それ自体が一定の評価に値する。チームの人的・組織的な問題と車両ポテンシャルは別の話として見るべきだ。Infinitiのサポート撤退の理由は車両性能の問題ではなく、チーム運営上の出来事に起因していた。

2019年、レーザー・ツールズ・レーシング(Laser Tools Racing)が「BTCCへの新たなQ50参戦」を発表した。第6ラウンドから開発を兼ねた段階的なエントリーが始まり、ドライバーにはエイデン・モファットを据えた。レーザー・ツールズ・レーシングはQ50の可能性を、2015年の結果ではなく車両そのものに見出したチームだ。


第2期: アッシュ・サットンとQ50の2連覇

レーザー・ツールズ・レーシングが着手したのは、2015年仕様からの全面再設計だった。RML製の制御部品と最新のスウィンドン・エンジンを組み込み、6年前の車両とは別物に仕上げた。そのマシンを2020年から駆ったのが、アッシュ・サットン(Ash Sutton)だ。

アッシュ・サットンは、2017年にBTCCチャンピオンを獲得済みの実力者だ。積極的なオーバーテイクと攻めのセットアップ選択で知られ、RWD車の特性を扱い慣れた数少ないドライバーのひとりでもある。2020年シーズン、サットンはQ50でBTCCチャンピオンシップを制した。そして2021年、同じマシンで連続チャンピオンを獲得する。Q50での勝利数は10勝。

レーザー・ツールズ・レーシングのQ50とチャンピオントロフィー(イラスト)

サットンは、ドニントン・パークで迎えた2020年開幕戦後にこう語っている。「Q50はこれまで運転したなかで最高のレースカーだ」。この言葉は、車両の基礎的なポテンシャルを知るドライバーだからこそ説得力を持つ。2015年に1ポイントしか取れなかった車両が、適切なチームとドライバーを得ることで頂点まで登り詰めた。それはV37というプラットフォームの素性を証明する結果でもあった。

2022年にはデクスター・パターソンがステアリングを引き継いだが、チャンピオン争いの中心にQ50があり続けたことは変わらない。


スカイラインのモータースポーツDNA

GTカーの系譜——GT-R——とは別に、スカイラインのセダンボディにも戦闘力が宿ってきた歴史がある。

日産とBTCCの関係は2015年が初めてではない。1990年代、日産は日本でも販売された欧州向けFF中型セダンのプリメーラをBTCCに投入し、競争力のある走りを見せた。当時と同じく英国の高速コーナーが連続するサーキットで、日本車のFRセダンが勝負できることをV37は改めて証明した。

「スカイライン」という名は、英国ではInfinitiブランドの陰に隠れていた。グローバル展開の過程で、日本のスカイラインファンから「日産の名を返してほしい」という声が上がり、2019年には国内販売車のInfinitiバッジがNissanバッジに戻された。英国のサーキットでQ50として走っていた間も、そのDNAはスカイラインのものだった。BTCCで連続チャンピオンを獲得したマシンは、名前を変えて戦った一台のスカイラインでもある。

型式の刻み方は変わっていない。V37という記号は、歴代スカイラインと同じ文法で書かれた、現代の章だ。


BTCCサクセスウェイト制度のイラスト — 車体に積まれるバラストウェイト

BTCCには「サクセスウェイト」と呼ばれる追加重量制度がある。勝利やポイント獲得に応じて車両に最大75kgの重りが積まれ、チャンピオン争いを接戦に保つ仕組みだ。これはNGTCによるコスト均衡化と並んで、BTCCの劇的なレース展開を生み出す要因のひとつである。アッシュ・サットンのQ50も、連勝を重ねるたびにウェイトを積みながらシーズンを戦い抜いた。頂点への道は、文字通り重くなる一方だった。