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平成ABCトリオ — カプチーノ・ビート・AZ-1の設計哲学
ヒストリー4,550字

平成ABCトリオ — カプチーノ・ビート・AZ-1の設計哲学

同じ660ccという制約の中で、スズキはFRを、ホンダはMR自然吸気を、マツダはガルウィングMRターボを選んだ。1991〜92年に登場した平成ABCトリオ、3台の設計哲学と令和の中古市場での評価を追う。

「軽スポーツカーを作れ」。1990年代初頭、3社のエンジニアたちは同じ命題を受け取った。

同じ制約。同じ排気量上限。同じボディサイズ。しかし3社が持ち寄った答えは、驚くほど異なるものだった。スズキはFRを選び、ホンダはMRで自然吸気の高回転エンジンを選び、マツダはMR+ターボ+ガルウィングドアという異次元の解を出した。

カプチーノ、ビート、AZ-1。3台の車名の頭文字を並べて「ABCトリオ」と呼ばれるこの3台は、1991〜1992年に相次いで登場し、30年以上を経た今もクルマ好きの間で語り継がれている。なぜこれほど評価され続けるのか。その答えは、3社が同じ問いに対してまったく違う哲学で向き合ったことにある。


1990年、その舞台が整った

3台の誕生を語るには、1つの法改正から始めなければならない。

1990年1月、軽自動車の規格が改定された。排気量の上限が550ccから660ccへ110cc引き上げられ、全長も3,200mmから3,300mmへ100mm拡大された。一見地味な数字の変化だが、エンジニアにとっては全くの別世界だった。

660ccという新しい排気量上限は、インタークーラーターボとの組み合わせで軽自動車メーカー間の自主規制の上限である64PSを現実的に実現できるエンジン設計の余地を生んだ。全長の100mm延長は、ミッドシップレイアウトの成立、あるいはガルウィングドアの機能確保といった設計選択を可能にした。

そこにバブル経済の高揚が重なった。消費意欲は高く、「小さくても本物のスポーツカー」という企画が通る空気があった。舞台は整った。あとは各社が何を「本物」と定義するか、だった。


まず答えを出したのはホンダだった — ビート

1991年5月16日、ホンダはビートを発売した。軽自動車規格初の2シーター・ミッドシップ・オープンスポーツだった。

ビートの設計思想は明快だ。「エンジンを回す喜び」を前面に出すこと。そのためにホンダが選んだのは、ターボではなく自然吸気だった。

搭載されるE07A型エンジンは656cc・直列3気筒SOHCの自然吸気。しかしそのスペックは「軽のエンジン」という言葉のイメージを根底から覆す。最高出力64PS、発生回転数は8,100rpm。レッドゾーンは8,500rpmに設定されている。軽自動車ではなく、バイクのエンジンに近い特性だ。

この高回転性能を支えるのが「MTREC(エムトレック)」と呼ばれる独自の吸気システムだ。MTRECとは「Multi Throttle Responsive Engine Control(マルチスロットル・レスポンシブ・エンジン・コントロール)」の略で、3気筒それぞれに独立したスロットルバルブを持ち、各気筒への吸気抵抗を極限まで低減する仕組みだ。ホンダはこれをF1由来の技術として位置づけた。アクセルを踏むと、過給機の介在なしに鋭くエンジンが吹け上がる。

ミッドシップレイアウトはシートの真後ろにエンジンを置く構成で、前後重量配分の最適化とロールセンターの安定に寄与する。ホイールベースは2,280mm——2,060mmのカプチーノよりも220mm長く、同じ軽スポーツの中で最も長い。低重心・広ホイールベース・MRの組み合わせが、独特のコーナリング感覚を生んでいる。

トランスミッションは5MTのみで、AT設定はなかった。ホンダの選択は「走る道具としてのピュアさ」に徹することだった。

ホンダ ビート(PP1型)公式アーカイブ写真
出典: Honda

発表会には、ホンダ創業者の本田宗一郎氏が姿を見せた。1991年5月15日——宗一郎氏が出席した最後のホンダ四輪車発表会となった。同年8月5日、宗一郎氏は84歳で逝去した。ビートは、彼が最後に見届けたホンダの四輪車だ。


スズキの答え、FRで行く — カプチーノ

ホンダがMRを選んだ1991年、スズキはFRを選んでいた。カプチーノだ。

発売は同年11月。ホンダのビートより半年遅く世に出たカプチーノのコンセプトは、欧州の小型スポーツカーが持つ「様式美」だった。

エンジンはF6A型、657cc・直列3気筒DOHCターボ。スズキ・アルトワークスと同型のエンジンをフロントに縦置きし、後輪を駆動するFRレイアウトをとる。最高出力64PS(6,500rpm)、最大トルク8.7kgm(3,500rpm)。ビートのような高回転型ではなく、ターボの過給圧を使って中低回転域からトルクを引き出す特性だ。サスペンションは前後ダブルウィッシュボーン。全幅1,395mm・全長3,295mmの軽のボディに、本格的なスポーツカーのメカニズムを詰め込んだ。

車重は690kgで、3台の中で最も軽い。

カプチーノの個性を最もよく表すのが、3ピース構造のルーフだ。センタールーフパネル、Bピラーを残してルーフを取り外すタルガトップ、リアウィンドウの3つのパーツをそれぞれ独立して着脱できる。これにより「タルガ開放」「Tバートップ」「フルオープン」という3形態を使い分けることができた。手間はかかるが、走り方の幅が広い。実用性よりも「所有するクルマに何を求めるか」を問うような設計だ。

1995年5月にはマイナーチェンジを受け、EA21R型へ移行。エンジンがF6AからオールアルミDOHCターボのK6A型に変更され、最大トルクが10.5kgm(3,500rpm)に向上、車重も10kg軽量化された。この時点で3速ATも設定に加わった。


マツダの答え、別次元から来た — AZ-1

1992年10月5日、オートザムAZ-1が発売された。「オートザム」はマツダの多チャンネル販売体制下で設けられたブランドで、軽自動車を中心に取り扱っていた。

AZ-1はその外見だけで話が終わってしまうほど個性的だ。全高1,150mmという極端に低いクーペボディ、そして縦に跳ね上がるガルウィングドア。全幅1,395mmという軽自動車の制約の中で横開きドアを採用すると乗降時の開口が狭くなりすぎるため、縦開きのガルウィング方式が採用されたとされる。このドアの採用は、現在に至るまで日本の量産車として唯一の例だ。

ボディ外板はFRP(繊維強化プラスチック)製。鋼板ではなくFRPを用いることで成形の自由度を高め、スーパーカー的なフォルムと軽量化を両立した。

メカニズムはビートと同じくMRだが、エンジンの性格は対照的だ。カプチーノと同じスズキ製F6A型・直列3気筒DOHCターボを搭載し、657cc・64PS(6,500rpm)・最大トルク8.7kgm(4,000rpm)。ビートがNAで高回転を回しきる快感を追求したのに対し、AZ-1はターボの瞬発力で低いシートから見上げる景色を楽しむ設計だ。

車重は720kg。3台の中間だが、ガルウィングの重量やFRPボディのコストを考えれば、マツダが軽量化に相当こだわったことがわかる。新車価格は149.8万円。当時の軽自動車としては破格のプライスタグだった。

マツダ オートザムAZ-1(PG6SA型)公式100周年アーカイブ写真
出典: Mazda

1993年には、AZ-1とほぼ同一の仕様でスズキが「キャラ」として販売するOEMモデルも登場した。ただし生産台数は218台にとどまり、AZ-1以上の希少車となっている。

生産終了は1995年9月。3年足らずの短命だったが、その存在は今も語り継がれる。


3つの答えを横に並べると

カプチーノビートAZ-1
レイアウトFRMRMR
エンジンDOHC ターボSOHC NADOHC ターボ
ルーフ3ピース着脱式オープンソフトトップ オープン固定ルーフ クーペ
車重690kg / 最軽760kg720kg
ホイールベース2,060mm / 最短2,280mm / 最長
総生産台数26,583台33,892台4,409台

カプチーノ・ビート・AZ-1の3台が峠道を走るシーン

同じ660cc・同じ64PS・同じ軽規格の枠内で、これだけ違う哲学が共存できたことが、ABCトリオが今も面白い理由だ。

FRのカプチーノはクラシックな様式美。MR+NAのビートは走る喜びの純粋追求。MR+ターボ+ガルウィングのAZ-1は、軽の枠の中にスーパーカーの概念を持ち込もうとした。3社が「正解は1つではない」と示した結果だ。

注目すべきは、3台がいずれも余分なものを削ぎ落としたことだ。ビートにはATがない。AZ-1は徹底した2シーターのクーペで荷室もほぼない。カプチーノは3ピースルーフの着脱を気にしながら乗らなければならない。妥協はせず、そのかわりに特定の価値に集中した。制約の中で余白を持たないことが、かえって個性を際立たせた。


令和に生き続ける3台

3台はいずれも、バブル崩壊後の1990年代中盤には生産を終えた。しかし中古市場での評価は30年後も上昇し続けている。

推定流通台数価格帯
ビート約120台50〜130万円、平均約99万円
カプチーノ約100台以上100〜140万円がボリュームゾーン
AZ-1数台〜十数台180万円〜、状態により変動

AZ-1は生産台数4,409台という絶対的な希少性から、流通台数がひと桁台になる月も珍しくなくなっている。現存する個体は「遺産」に近い扱いを受けつつある。

なぜ高値が維持されるか。答えは単純だ。今の軽自動車には、これほど純粋に「走ること」だけを考えたクルマを作ることが難しいからだ。現代の軽は安全装備・快適装備・燃費要件を全て満たさなければならない。それは正しい進化だが、だからこそABCトリオは今なお唯一無二の存在であり続けている。。


オートザムAZ-1のOEM(相手先ブランド)姉妹車として、スズキが1993年に「キャラ」を販売していた。外観の細部とバッジのみが異なり、機械的には完全にAZ-1と同一だ。しかしその生産台数はわずか218台(1993年:189台、1994年:29台)。AZ-1自体4,409台という希少車だが、キャラはさらにその20分の1以下しか存在しない。国内に現存する台数は極めて少なく、旧車イベントで実車を見かけることはほぼない。