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レヴォーグのBTCC参戦全記録 — 市販ワゴンが英国最高峰で戦った4年間
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レヴォーグのBTCC参戦全記録 — 市販ワゴンが英国最高峰で戦った4年間

2016年から2019年、スバル・レヴォーグが英国最高峰のツーリングカーシリーズBTCCを戦った。なぜ市販ワゴンが選ばれたのか。WRC撤退後8年間の空白、ボクサーエンジンという武器、史上初のエステートカー・チャンピオン誕生まで。

スバル・レヴォーグ。日本市場向けに設計されたステーションワゴンがある年、イギリスのレーストラックに持ち込まれた。しかもそれは、スーパーカーでも専用のレーシングマシンでもなく、市販されているワゴンをベースにした車両として。2016年から2019年にかけて、レヴォーグはBTCC(ブリティッシュ・ツーリングカー選手権)を戦い、最終的にドライバーズタイトルまで獲得した。

なぜレヴォーグだったのか。なぜWRXでもインプレッサでもなく、日常使いのワゴンが選ばれたのか。その答えは、スバルというブランドが抱えていた課題と、ひとつの技術的なアイデンティティに行き着く。


英国ツーリングカーレースという"舞台"

出典: YouTube

BTCC(British Touring Car Championship)は、1958年に始まった英国最高峰のツーリングカーシリーズである。フォーミュラカーとは異なり、セダン・ワゴン・ハッチバックといった市販乗用車をベースにした車両が競い合う。車体の接触を厭わないアグレッシブなレーススタイルで知られ、英国では長年にわたりテレビ中継のある人気シリーズとして定着している。

現行のレギュレーションはNGTC(Next Generation Touring Car)規定と呼ばれる。2011年から順次導入され、2015年には全チームがこの規定に移行した。エンジンは2.0L 直噴ガソリンターボで最大350PS以上を発生し、各チームがシャーシのコア部品を共通化することでコストを抑えた構成をとる。

ひとつ重要なルールがある。四輪駆動(AWD)の禁止だ。1996年、アウディA4が4WDの圧倒的な安定性をもってBTCCを席巻し、競争の均衡が崩れた。その反省からAWDは禁止規定となり、以後のBTCCはFWDまたはRWDに限定されている。このルールが、のちのレヴォーグ参戦に直接関わってくる。


WRC撤退から8年間の空白

スバルとモータースポーツの関係は、WRC(世界ラリー選手権)の記憶によって語られることが多い。コリン・マクレー、リチャード・バーンズ、ペター・ソルベルグ——インプレッサを駆った彼らの名前とともに、スバルはラリーと不可分な存在として認識されてきた。

しかし2008年、スバルはWRCからの撤退を発表する。

以後8年間、世界選手権クラスのモータースポーツの場にスバルの名前は現れなかった。欧州や英国のスバルインポーターにとって、この空白は単なる競技成績の問題ではなかった。「モータースポーツのブランド」というスバルの核心的なアイデンティティが、時間の経過とともに希薄になっていく——そうした危機感が、英国法人スバルUKには確実に存在していた。

BTCCは、そうした文脈で浮上した選択肢だった。英国の視聴者に毎週末届くテレビ中継。サーキットに足を運ぶ熱心なファン。スポーツカー専門ではない普通のクルマが激しく競い合う、わかりやすい舞台。スバルが「戻る」ための場所として、BTCCは理にかなっていた。


なぜ、レヴォーグだったのか

参戦車両の選定にあたって、スバルはWRXでもインプレッサでもなくレヴォーグを選んだ。

理由は複合的だ。まず、レヴォーグは英国市場で「今売りたいモデル」だった。WRCのイメージが強いインプレッサを起用することは過去を回顧する行為に映るが、現行の主力ワゴンをレーストラックに持ち込むことは、現在のブランドを語る行為になる。

次に、BTCCというカテゴリとの相性がある。セダンやハッチバックが主流の中、ワゴン体型のレヴォーグはそれ自体がBTCCのグリッドで異質な存在となる。「ワゴンがBTCCを走っている」という視覚的なインパクトは、テレビ中継を通じてレヴォーグというモデル名を記憶させるための、広告費では買えない露出だった。

そしてもうひとつ——スバルのアイデンティティそのものである、ボクサーエンジンだ。

ファクトリーガレージに佇むレヴォーグGT BTCC仕様。市販ワゴンからレースカーへの変貌を示す工場内シーン


ボクサーエンジンという武器

ボクサーエンジンとも呼ばれる水平対向エンジンは、ピストンが左右水平方向に動く構造を持つ。スバルはこのエンジンを半世紀以上にわたって乗用車に搭載し続けてきた。レーシングカーの観点から見ると、この構造には重要な優位性がある。エンジンを低い位置に搭載できるため、車体の重心が下がりやすい。

Team BMR(バンティングフォード・モーター・レーシング)のチーフデザイナー、カール・フォーが語ったとされるプロジェクトの発端は、まさにこの点だった。「ボクサーエンジンを持ち、BTCCに参戦できるサイズの市販車を作っているメーカーは、スバル以外にない」という認識が、このプロジェクトの土台となった。

ただし、市販レヴォーグをBTCCの戦闘車両に仕上げる作業は困難を伴った。最大の問題はAWDの禁止規定だ。市販レヴォーグはスバルの4WDシステムを採用しているが、これはBTCC規定で禁止される。チームはこれをRWD(後輪駆動)に変換した。スバルのボクサーエンジンは縦置きレイアウトを採用しており、この構造はRWD化と親和性が高い側面もあった。

さらに課題があった。英国で市販されているレヴォーグには、搭載したい日本国内仕様のFA20型 2.0L ターボエンジンが使われていなかった。チームは短期間のうちに12基のエンジンを用意する必要があり、スバル日本からのCADデータ取得に時間がかかることが判明したため、実車をレーザースキャンして逆算設計するという手法をとった。開発期間の制約の中で、チームは相当なリソースと工夫を投じてこのクルマを仕上げたことになる。

完成したBTCC仕様のレヴォーグGTは、最大出力約350PS、最高速度約258km/h(160mph)。ペンスケ製ダンパー、APレーシング製ブレーキを装備し、重量はドライバー込みで約1,280kgとなった。エンジンは2016〜2017年はマウンチューン・レース・エンジンズが、2018年以降はスウィンドン・エンジンズが供給した。

仕様内容
ベーススバル・レヴォーグ Sports Tourer GT
規定NGTC(Next Generation Touring Car)
駆動RWD / 市販車はAWD
エンジンFA20型 水平対向4気筒 直噴ターボ 2.0L
最大出力約350PS
最高速約258km/h
重量約1,280kg、ドライバー込み

4年間の戦いの記録

スバルとTeam BMRは2016年に参戦を開始し、4シーズンにわたってBTCCを戦った。

2016年——初年度

ドライバーは、二度のBTCCチャンピオン経験を持つジェイソン・プラト、同じく複数回の王者コリン・ターキントン、そしてジェームズ・コールとチーム代表のウォーレン・スコットの4名体制。参戦を商談段階から主導したプラトが実質的な旗手として迎えられた。

初年度は手探りのシーズンとなったが、夏にはイングランド北西部チェシャー州のサーキット、オールトンパークでターキントンが初勝利を飾る。最終的にターキントンは5勝で選手権4位、プラトも1勝を加えた。製造者部門のマニュファクチャラーズ選手権は3位。初年度としては十分な滑り出しだった。

2017年——タイトル獲得

翌2017年、ドライバーの一人にアシュリー・サットンが加わった。前年まではMGレーシングに在籍した若手だ。このシーズン、サットンはレヴォーグを駆って次々と勝利を重ねた。

最終戦の舞台はイングランド南東部ケント州の歴史あるサーキット、ブランズハッチ。ライバルのBMW勢コリン・ターキントンが2レース目を15位スタートから逆転優勝し、選手権は最終レースへと持ち込まれた。しかし3レース目の2周目、ターキントンは接触により戦線を離脱。アシュリー・サットンが2017年BTCCドライバーズチャンピオンに輝いた。

これは単なるタイトルではなかった。BTCC史上初めて、英国でエステートカーと呼ばれるステーションワゴンでドライバーズタイトルを獲得した瞬間だった。

マニュファクチャラーズ選手権でもスバルは2位を獲得した。

2017年BTCCチャンピオン獲得の瞬間。ブランズハッチのサーキット上でチームクルーに囲まれたレヴォーグGT

2018年・2019年——継続と撤退

2018年はサットンが全ドライバー中最多の6勝を挙げながら、選手権は4位に留まった。エンジンサプライヤーもこのシーズンからスウィンドン・エンジンズに変更されている。2019年はセナ・プロクターを迎えて2台体制となったが、サットンの1勝にとどまりシーズンを終えた。

4年間の契約満了とともに、スバルはBTCCから撤退した。Team BMRはその後もチームとして継続したが、スバルのワゴンはグリッドから姿を消した。


市販ワゴンが残したもの

BTCCへの参戦が英国でのレヴォーグ販売に直接どれほど貢献したかを測る公式な数字は存在しない。だが、4年間でスバルがBTCCのグリッドで作り上げたものは確かに存在する。

スポーツモデルではない市販ワゴンが、英国最高峰のツーリングカー選手権でドライバーズタイトルを獲得した。ボクサーエンジンという技術的な骨格を持ち、4WDをあえてRWDに転換し、現地スタッフがレーザースキャンから車体を設計し直してまで走り切った。

WRCで培った「クルマを信頼して限界を走る」という姿勢は、ラリーコースではなく、イギリスのサーキットで体現されていた。

スバルとモータースポーツの関係は、インプレッサとラリーだけで語り尽くせない。V37スカイラインもBTCCで苦闘と栄光を経験したように、日本車がBTCCという舞台に求め、残してきたものは、それぞれ独自の形をしている。


アシュリー・サットンが2017年にBTCCタイトルを獲得したとき、彼の年齢は23歳だった。これは1991年以降のBTCCにおいて最年少のチャンピオン記録となっている。若さゆえの積極果敢な走りが、ステーションワゴンというボディ形式への先入観をまるごと吹き飛ばした。